日本の医療機器のデバイスラグの問題が取り沙汰されて久しいが、2010年6月に菅直人内閣により策定された『新成長戦略』で、我が国の医療・医療機器産業が今後の日本の経済成長の牽引役として重要と位置づけられたのをきっかけに、さまざまな目標が掲げられている。
今回、野田佳彦首相が打ち出した「日本再生戦略」も、菅内閣時代の「新成長戦略」の問題意識をそのまま引き継いたものだが、同戦略の策定後に新たに発生した東日本大震災などを踏まえ、その強化・再設計をおこなったものだ。そして「5カ年戦略」も、2007年に策定された「革新的医薬品・医療機器創出のための5カ年戦略」を継承・発展させた形の「医療イノベーション5カ年戦略」が発表され、産学官一体となって、医薬品・医療機器産業を育成し、世界一の革新的医薬品・医療機器の創出国となる、再生医療や個別化医療のような世界最先端の医療の分野で日本が世界をリードする実用化モデルを作る方向が明確にされた。
戦略実行において特に医療機器の審査の迅速化・質の向上・安全対策の強化に関して議論が活発化する中、さる2012年8月31日、財団法人医療機器センター付属・医療機器産業研究所主催の「医療機器を巡る法規制のあり方」に関する研究会が開催された。産官学の各分野の立場から「法規制のあり方」についての現状と課題につい講演・議論がおこなわれた。
アクションプログラム
まず厚生労働省の取り組みについて厚労省医薬食品局医療機器管理審査室 浅沼一成 室長より現状説明がおこなわれた。
厚労省では2007年の「5カ年戦略」に基づいて、翌年2008年に医療機器審査迅速化アクションプログラムを導入しており、審査人員数を当時の35名から今年の8月1日現在で90名にまで急増させており、2013年度までには104名にする目標で増員を進めている。
また、経験不足の審査員が増えても審査期間の短縮にはならないとの批判を受け、医薬品医療機器総合機構(PMDA)では後発医療機器の審査において、審査の質の向上とバラツキの解消を図るため、熟練者と新人が2人1組になって審査を行う「バディ制」を導入している。さらに、4ないし5のバディをチームマネージャ−が束ね、調整役が全体を掌握することで、分野間の審査内容のバラツキの解消にもつとめている。
その上、一度承認された機器に改良・改善が施された場合の審査については、「全てを一からチェックし直すのではなく修正点のみをチェックする」(浅沼室長)ようにするなど、目標値の達成よりも実際の審査の迅速化を重視して対策に乗り出している。浅沼室長は、このほかにも後発医療機器の審査体制を強化するために昨年11月に医療機器審査第三部を創設し、審査の質の向上と審査期間の短縮をめざしていることなどを紹介し、運用改善において迅速に対応すべき課題と薬事法の改正に置いて対応すべき事項にもそれぞれ検討を進めていることを明らかにした。
運用改善においては、今年2月から「医療器危機性制度タスクフォース」を設け、医療機器業界からの要請や実情を聴取し、①製造所での組立が困難な大型の医療機器の製造所以外の場所での組立、②一部変更承認申請を不要とする範囲の明確化、③信頼性調査が必要な範囲の明確化、④海外市場実績のある医療機器の非臨床試験や臨床試験データの取り扱いなどについて検討を進めているという。
薬事法改正については、医療機器の特性を踏まえた医療機器に関する法体系(医薬品と別章立て)が検討されているが、「数年前までは薬害再発防止のために、薬事法においても安全対策(規制強化)が求められる風潮だったのが、流れは(安全対策の強化への対応とともに)、医療上必要性の高い医薬品・医療機器などを速やかに使用できるようにするための対応が重視される方向になってきている」(浅沼室長)と時代の要請の変化についても言及があった。
ちなみに、我が国における医療機器の最初の規制は1927年、有害避妊器具取締規則ができたのがはじまりだ。現行の薬事法が制定された1960年以降、社会情勢・国際動向・医療や科学の進歩・発展を受けながら改正が繰り返され現在に至っている。「つまり運用改善をうまく法律に入れてきており、今後は高齢化・少子化・IT化の進展などに伴い、更に変遷していく」と東京工業大学ライフ・エンジニアリング機構 医療系機器実用化・評価研究センターの箭内博行特任教授は指摘する。
企業・業界の視点
一方、行政におけるデバイスラグ解消への対策が進む中、実際に承認審査を経験した民間企業からは更なる改善の提案が出ていた。例えば米国Abbott Medical Optics, Inc. (AMO)の日本法人であるエイエムオー・ジャパン株式会社では、日米の承認審査の違いを「モノを理解するために必要な情報を要求する米国と、モノを特定するために必要な情報を求める日本」と評している。同社の児玉順子開発部長は、同社の眼内レンズの審査において、「例えば、原材料については米国ではモノマーの配合(化学名)のみを記載すればよいのに、日本では、ポリマーの構造式、モノマーの配合比、モノマー一つ一つを特定するCAS番号、構造式、純度などの細かい情報が求められた」という。また形状や構造についても「米国では既存品との違いや特徴を説明すればよいだけで、設計図の提出は求められるものの寸法全てが承認事項になるわけではない」のに対し「日本では寸法及び許容範囲の規定まで求められる」と研究会で語っている。「薬は実物を見てもわからないので、成分や分量などのデータは必要だが、医療機器は成分分量をみても何だかわからない」ため、「もっと設計思想や患者にとっても利益をリスクとベネフィットのバランスを重視して審査してほしい」と訴えた。
新5カ年戦略
本研究会では、医療イノベーションの推進の司令塔として内閣官房に設置され、新しい「イノベーション5カ年計画」を策定した医療イノベーション推進室の意気込みも感じられた。まず、医療イノベーション推進室の浅野武夫企画官からは、医療機器分野に関連する戦略に関する以下の説明があった。
<5カ年計画>
- 研究開発の推進と重点化
・高度なものづくり技術を有する大学・研究機関、中小企業・異業種企業と医療機関との連携を促進し、医療現場のニーズに応える医療機器の研究開発を支援
・ 開発成果の早期市場化に向け、治験や事業化に向けたコーディネート機能を強化
・ ガンの早期高精度診断・低侵襲治療や患者のQOL向上に資する医療機器など最先端技術を重点領域に支援
- 税制優遇と国際標準化の推進
・ 革新的医療機器の開発に繋がる研究開発に関わる税制上の措置を検討
・ 日本発の医療材料や診断・治験装置の規格化及び評価方法などの標準化、国際標準化を推進
・ 国内のQMS基準とISO13485 との一層の整合性を確保。
- 中小・ベンチャー企業の育成
・ PMDAの薬事戦略相談事業を拡充
・ 次世代産業の育成をざし、各種ファンドを通じて必要な資金供給や中小・ベンチャー企業の支援
・ 国内外の大手企業などとのビジネスマッチングの場の支援や国際展開支援
- 開発支援体制の整備
・ 医療クラスターの整備
・ 福島県をテストケースに医療機器の開発・安全対策、事業化の支援
- イノベーションの適切な評価
・保険適用の評価に際し、適切にイノベーションを評価
- グローバル市場の拡大
・ ハードウェアとそれを使いこなせる人材をセットで海外へ派遣、あるいは海外から研修を受ける人材を日本で受け入れ
・ 欧米・アジア各国と、規制や審査の強調のあり方について人材交流を通じた関係強化
- 規制改革
・ PMDAにおける審査員・安全対策要員の増員や質の向上
・ レギュラトリーサイエンスの推進
・ 医療機器の特性を踏まえた制度改正・体制整備・運用改善を推進
これらの項目について、浅野企画官は、「絶対に絵に描いた餅にはしたくない」と各種戦略の実現化にむけての意欲をみせた。
最後に本研究会は、東京女子医科大学・早稲田大学共同大学院の共同先端生命医科学専攻の教授で医療機器産業研究所運営委員会委員長をつとめる笠貫宏氏教授を司会に、聴衆とスピーカー全員を交えた総合討論がおこなわれ、登録認証機関を利用した高度管理医療機器の承認・認証のあり方、審査におけるリスクとベネフィットの判断としてその評価の基準(特にベネフィットの測り方)などについて活発な議論が繰り広げられた。
医療機器産業研究所は2010年4月に我が国で最初の医療機器産業専門のシンクタンクとして発足した。国内外の実態分析、実証研究を通じて、産業の発展に影響を及ぼす諸課題の抽出と解決策の検討、産業の果たす社会的役割・戦略的重要視について理解や認識を広めることを目的にリサーチペーパーの作成や今回のような研究会を開催している。